終戦記念日と祖父の戦争体験のリアル
今年も、終戦記念日を終えました。
私は戦争を知らない世代ですが、
亡くなった祖父母は戦争経験者でした。
母方の祖父母とは長く同居していたので、戦争の体験談を聞いたことがあります。
学校で、身近な人から戦争の話を聞いて作文にするようにと宿題が出たからです。
子どもながらに、
きっとこんな話に違いないと勝手にイメージし、
だから作文はこんな感じにまとめようなどと小賢しく考えていのですが、
そんな私の目論見は見事に外れました。
普段は明るくしっかり者の仕切り屋でおしゃべりな祖母は、
両親を早くに亡くし、
戦争中も小さなきょうだいたちを育てて苦労したせいか、
戦争については人が変わったように口をつぐみ多くを語りたがらず。
長崎で生まれ育ち、
徴収されて兵役につき、
そのせいで原爆にからくも遭遇しなかった祖父は、
「上官にかわいがられて楽をした、戦争は要領だ」と笑顔さえ見せながら饒舌に体験談を語り。
さすがにフキンシンじゃないか、、、と
子ども心に心配になるほどでした。
なんだか先生の求める作文を書けない気がする、、、と戸惑ったものです。
しかし、作文の出来栄えは置いておいて、
思い描いた苦労話を聞けなかったにもかかわらず、
いや、思い描いたものとあまりにも違ったがゆえにか
そのリアリティは、逆に私の心に深く刻まれました。
昨年、「海に眠るダイヤモンド」というドラマに深く心を打たれた私は、
これまでとは少しだけ違った感覚で戦争を見つめます。
こんなセリフがありました。
「私たちみんなあの戦争を生き抜いたんだから」
そう、戦争を体験していなくても、
今生きている誰も彼もが、「あの戦争を生き抜いた人たちの子孫」なのです。
ナガサキは遠い場所じゃない。
祖父のふるさと。
私とも繋がっている。
祖父や祖母が偶然にも生き抜いたから、ここにいる。
戦争を知らない私には、
戦争のリアルを祖父母のように伝えられない。
戦争体験者と触れ合わず育っていくわが子に、戦争を知らない私が何を伝えられるのか。
それはとても難しい。
とりあえず、先人たちの戦争を描いた名作に力を借り、
ともに世界の平和を願います。


